2005年01月28日

[書評]グラスホッパー

人が節度を失うときには、そっと背中を押すものが必要だ。

美也子さんよりリクエストをいただきましたので、惜しくも直木賞を逃した本書を取り上げます。

グラスホッパー
伊坂 幸太郎

角川書店 2004-07-31
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「罪と罰」だけを愛読し、過去の亡霊たちと邂逅する「鯨」
ナイフを片手に、しじみと語らう「蝉」
雑踏の中で、車に、電車に向かって背中を押す「槿」
そして妻を奪った男の下に単身飛び込み、やがて殺し屋たちの中心に位置することになる「鈴木」

物語はやがて、殺し屋たちの対決の様相を呈す。


軽く読みやすい文章の中でこっそり隠された伏線が最後に一気にあふれ出し、あらゆる謎に解が与えられる筆者独特の文体は相変わらず目を引きます。やっぱりうまいわ。この人。

ですがそれ以上に気になったのは、それぞれ性格に癖のある殺し屋たち。

たとえば「蝉」はこの業界では新参。そして、短命に終わります。
「鯨」はその巨躯と、圧倒的な迫力で相手を絶望へと追い込みます。
本書の主人公である「鈴木」は妻の復讐というきわめて人間臭い感情でこの世界に飛び込み、悪事に手を染める呵責に対してどうにか理由を見出そうと自問しています。

そして最後まで生き残るのが「槿」(あさがお)。

名前の通り、彼らは昆虫界、動物界、植物界を代表した生を受け、物語の中で役割を与えられています。

体の一部、どのような組織からでも適切に培養すれば元に戻れる生命力をもつ唯一の生き物が植物です。
人間などではたとえば筋肉組織に分化してしまった細胞をどのように培養しても、皮膚組織を再生することはできません。
テロメアの呪縛からも解き放たれたような半永久の生を持つ、自然界の中で最も強い生き物が、この物語でも生き残ります。

タイトルのグラスホッパーも象徴的です。
グラスホッパーとは蝗類の総称ですが、彼らは時として群生種と呼ばれる変種を作り出します。
群生種はいわゆる緑色で数メートルを飛び跳ねる昆虫ではなく、茶色で数キロメートルを飛越する化物であり、あたりの食物を喰らい尽くします。三国志などのゲームをする方には馴染み深いのですが、蝗が大発生するイベントは、この群生種の誕生を指しています。
環境による圧力が、彼らの体型や生態までもを変化する自然界の事例です。


そして本書の舞台は現代の日本。
人間が、力で持って環境を変化させ飽和に達したこの舞台で、自らのうちから変種が現れ、彼らは各界の生物の名を持つ殺し屋として自らの同胞を狩るのです。
自然界を代表した彼らの前で、その中心に位置して彼らすべてからターゲットとされる人間の代表「鈴木」は翻弄され続けます。

最後に生き残るのは植物。そして……少しだけ前に進むことができた「鈴木」。

このような黙示録的な解釈のできる世界観をきちんと描ききった作者の力量にただ脱帽しました。

posted by MARS at 19:27 | Comment(2) | TrackBack(0) |
この記事へのコメント
さっそくリクエストにお答えいただき、ありがとうございます。
しかし、ちょっと「しまった」と思っています。
このレビューは、自分も読んでから読ませていただくべきでした。
MARSさんの考察があまりに深くて、もしかしてすごく難しい作品ではないかと……。

アマゾンの著者レビューを読んで、著者自身「どうなのこれ?」と思っていることがわかりました。
そういう作品は当たるとすごいですよね。
若き伊坂幸太郎氏が早くも新たな境地を迎えているように思いました。
力量、確かにそれがある作者だと感じます。ある意味、力技を見せ付けてくれる作家は好きです。

この先3冊目くらいにリザーブしたいと思います。
Posted by 美也子 at 2005年01月28日 23:26
あー、いや、書いといて言うのはあれですが、そんなにそんな難しくはなかったです。
ただ、キャラの配置がこうも捕らえられるよな、と。

レビューじゃなくなってますね、途中から。
Posted by MARS at 2005年01月29日 11:27
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